役員挨拶

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新会長 鶴岡 靖彦氏より会員の皆様へご挨拶

2017年7月25日

 

前任の鈴木力男さんの後を受け、急きょピンチヒッターとして6月の役員会において会長を引き受けることになりました。会誌の貴重なページをお借りして自己紹介をさせていただきます。
 
私が東海大学に入学したのは1961年(昭和36年)、すでに全くのロートル(老頭児)です。今年で74歳になります。大学の同窓会に参加すると、卒業年度の前後3年間くらいに卒業した先輩や後輩は、辛うじてお互いの顔が分かるものです。したがって、私の名前や顔をご存知の先輩や後輩の方々は、皆さん70歳を超えていることになります。
 
65年3月に工学部応用理学科原子力工学専攻を卒業して、直ちに東海大学理学部助手として勤務し、以来2008年の定年まで43年間理学部教員として教育・研究および大学の各種運営業務に携わってきました。定年後4年間の特任教授と非常勤教授を終えて、現在は東海大学名誉教授会会員として過ごしております。 最初の15年間は主にプラズマ物理学・核融合理工学の研究に没頭し、その後の15年程は大学における物理学実験教育の改革と理工系基礎教育研究に携わってきました。大学生活の最後の十数年は、研究開発部、教学部そして付置研究所と沖縄地域研究センターの管理業務を主な仕事としてきました。大学以外の実社会には全く疎い人間であることが、お分かりいただけると思います。
 
原子力工学会は、かつて学生時代に課外活動としての原子力研究部で活動していた卒業生を中心に、故横地明先生をはじめとする先生方や卒業生有志の情熱的な学科愛に支えられて維持され、発展してきたように思えます。しかしながら、理工系志望学生の減少という社会現象は特に原子力工学科学生の激減につながり、原子力工学科は応用理学科エネルギー工学専攻、そして後にエネルギー工学科に改組され、原子力教育は教育課程のなかに引き継がれましたが、原子力工学科の名称は途絶えました。一方、課外活動としての原子力研究部は、応用理学科原子力工学専攻が創設された当時から、原子力工学科における教育運営に対する学生の立場からの補完的役目を果たしていたように思います。入学希望学生数の減少と学科改組による部員の減少は理学部等の他学部他学科からの入部もありましたが、課外活動として存続させることができず、廃部せざるを得なくなりました。このような歴史をたどった学科の状況から、在学生の学問としての原子力に対する考え方や原子力の将来への関心が薄くなったように思われますが、東海大学に原子力工学科が再創設された現在、私には少し違って見えるのです。
 
2011年の東北大震災の前年に再スタートを切った原子力工学科は、福島第一原子力発電所の被災事故という極めて厳しい現実の中、あえて原子力の勉学に励もうとする現役学生と先生方の原子力工学科再興のために努力されている姿が、60年前の応用理学科原子力工学専攻発足当時、原子力と言えば「広島・長崎」や当時の大国で行われていた「原水爆実験」のことしか思い浮かばなかった社会の人々に理解してもらえるように頑張っていたかつての学生と教職員の姿に重なって見えるのです。
いま再び、現役学生、先生方、そして工学会会員(卒業生)がそれぞれ力を合わせて原子力の社会的、文化的、歴史的意義を再確認していかなければならない、と思っています。
 
紆余曲折がありながらも、これまで運営してこられた皆さんのご努力に敬意を表するとともに、原子力関係をはじめとする多くの企業や公的機関で活躍されている卒業生の皆さんの原子力工学会への変わらぬ、いや、一層のご協力をお願いし、ロートル会長としてのご挨拶としたいと思います。
 
 

佐々木政彦氏より副会長就任のご挨拶

 
前会長の鈴木力男氏と同期の佐々木政彦です。今回副会長を指名され、力不足とは思いましたが、鈴木前会長との関係もあり引き受けました。
1965年(昭和40年)入学で1969年(昭和44年)卒業です。阪元先生のもとで中性子の実験を、代々木校舎で行いました。
 
卒業とともに、技研興業株式会社に入社し、現在に至っております。 会社では当初X線の遮蔽材の研究を行っていましたが、その後病院のX線室の遮蔽工事を建築の下で行うようになりました。 建築に関しては全くの素人でしたので、建築の監督等に教えてもらいながら仕事を進めました。
 
弊社はX線CT室やアンギオ室等の遮蔽を主に施工してきましたが、その後がん治療のリニアック室の遮蔽を行うようになり、現在はリニアックを含め放射線治療室の遮蔽計算、許可申請書のまとめを行いながら、遮蔽工事をもしております。福島の事故後、東京電力福島第一原子力発電所の事務棟などの遮蔽に、バライトを遮蔽材に使用したコンクリートパネルを提案し、外壁の遮蔽材として施工しました。 X線室の遮蔽材としては鉛の使用がほとんどですが、鉛を使わない遮蔽材が使われ始めています。
 
原子力や放射線を学んできて、建築業界に入りましたが、放射線遮蔽の仕事であったので、今になってみれば業界が違っても思いっきり仕事ができたと考えております。
 
福島の現場によく行って思いますが、再稼働や廃炉に関し原子力や放射線の知識がある人材がますます重要となりますので、原子力工学科の皆さんの努力に期待したいと思います。そして原子力工学会の会員同士でいろいろな問題の解決を目指せるよう微力ながら役に立てればと思っております。
 
簡単ではありますが、ご挨拶とさせていただきます。
 
 

千葉栄幸氏より副会長就任のご挨拶

この度、副会長のご指名を受けた80年度卒の千葉栄幸でございます。
大学時代は上田隆三先生について、溶融塩炉についての文献整理をして、また空き時間を見ながら井上武一郎先生のところで放射性物質の防護具に関連する研究と称する仕事のお手伝いのアルバイトをしていました。
現在は、㈱重松製作所でコンプライアンス室に所属して、会社のコンプライアンス活動の事務局、及び業務監査を担っています。
 
会社は産業用の防じんマスク、防毒マスクを始めとする各種マスクを中心に、化学防護服、保護メガネなどの産業用等の安全衛生保護具の防災用保護具等の製造販売を行っています。
 
今は原子力関連の仕事と距離をおいていますが、81年に入社して以来、23年間原子力発電所、原子力関連の研究所を対象に営業及びサービス活動を行ってきました。
 
メインの営業活動の他、マスク等のメンテナンス、委託研究の現場調査等を行い、その中で、会社以外の学生時代の同期、先輩、後輩に遭い仕事、またプライベートといろいろなところで助けていただき、また出張先、行き返りで楽しい時間を過ごしてきました。
 
卒業した後の大学、とりわけ原子力工学科の絆が大切であることを実感しながら仕事をしてきました。
今までの経験から、原子力工学会が、同期、先輩、後輩と会って楽しい時間が過ごせ、交流を深めて、また仕事に活かせるようなきっかけを作れたらと考え、今回のご指名を受けた次第でございます。
 
まだまだ若輩者で、原子力工学会の役員の仕事の流れに着いていくのがやっとですが、当会がどのような事をやれば皆様のご希望に沿えるのか、集えるのかよく考えて、皆様のお役に立っていきたいと考えていますので、よろしくお願いします。
 
簡単ではございますが、ご挨拶に代えさせていただきます。